プラズマ宇宙物理学
プラズマ宇宙物理学
宇宙空間を満たしている高温で希薄なガスは,その99%以上が電離したプラズマ状態にあると言われており,宇宙物理学の様々な局面において,プラズマ物理学の理解が極めて重要になっています.私達は詳細な観測データが得られる太陽系を「宇宙におけるプラズマ実験室」として捉え,衝撃波や太陽フレア・地球磁気圏のオーロラ爆発を引き起こす磁気リコネクションなどのプラズマ素過程の理解を目指した研究を行い,またそれをより一般的な天体現象へ積極的に応用しています.また、これらの宇宙プラズマ現象に内在する非線形性や非平衡状態に着目したプラズマ素過程の基礎研究も行っています.
宇宙線の起源
宇宙空間には極めてエネルギーの高い荷電粒子(放射線)が飛び交っており、それらは宇宙線と呼ばれています.その数密度は周りのガスに比べると非常に小さいものですが、個々のエネルギーが非常に大きいために、我々の銀河で平均した宇宙線のエネルギー密度はガスの熱エネルギーや磁場のエネルギーに匹敵します.このような高エネルギーの宇宙線の起源や加速メカニズムは宇宙物理学における最大の謎の一つとなっています.現在受け入れられている最も有力な仮説では、超音速の流れが障害物によって遮られた時に形成される衝撃波によって宇宙線が加速されると説明されており、実際に超新星爆発に伴う衝撃波での宇宙線加速の証拠が観測的に得られつつあります.
一方で、太陽系内でも衝撃波は日常的に観測されています.例えば、太陽から超音速で流れ出す太陽風と惑星磁気圏の相互作用によって形成される弓状衝撃波(bow shock)や、太陽フレアに伴い生成され惑星間空間に放出される惑星間空間衝撃波などの観測では、衝撃波に伴う高エネルギー粒子フラックスの増大が実際に確認されています.太陽系内の衝撃波は天体衝撃波に比べるとその規模は小さいものの、より詳細な観測データが得られるという利点があります.私達はこの利点を活かし、理論や数値シミュレーション等も駆使して、衝撃波における粒子加速の統一的な理解を目指した研究を行っています.ここで得られた成果は、超新星残骸衝撃波はもちろん、中性子星やブラックホールから吹き出す相対論的プラズマ流によって作られる相対論的衝撃波へも応用されています.
図:Chandra衛星によって得られた超新星残骸SN1006のX線画像.外縁部からの放射は衝撃波で加速された超相対論的電子からのシンクロトロン放射と解釈される.
磁気的爆発現象
太陽は活動性を持ち、太陽表面では時折非常に激しい爆発現象が起こります.この爆発は太陽フレアと呼ばれる太陽系における最大級のエネルギー解放現象で、電波からガンマ線に至るまで幅広い波長にわたって電磁波の増光を引き起こします.太陽フレアのエネルギー源は太陽コロナ中に蓄積された磁気エネルギーであり、そのエネルギーが磁気リコネクションと呼ばれるメカニズムによって爆発的にプラズマのエネルギーに変換されることによって起こると考えられています.太陽フレアに伴い惑星間空間に放出される高速の太陽風が地球磁気圏にぶつかると、地磁気の極付近の高緯度地方では激しいオーロラ活動(磁気圏サブストーム)が起こります.このオーロラ活動にも地球磁気圏における磁気リコネクションが重要な役割を果たすと考えられています.
磁気リコネクションの研究は太陽コロナや地球・惑星磁気圏の観測データを基礎にして1960年頃から急速な発展を遂げ、その中で日本の「ようこう」衛星や「Geotail」衛星による観測も太陽コロナ・地球磁気圏の観測でそれぞれ大きな貢献を果たしてきました.現在では、ブラックホール・中性子星近傍をはじめとする様々な宇宙物理学への応用面でも、磁気リコネクションの重要性が指摘されるようになっています.また、磁気リコネクションはプラズマを高温に加熱するだけでなく、熱的分布に従わない高エネルギー粒子も生成することが知られています.この磁気リコネクションに伴う粒子加速も宇宙物理学には非常に重要です.
磁気リコネクションが引き起こす速いエネルギー解放や、それに伴う高エネルギー粒子加速の物理過程はまだ十分には理解されていません.最近では2015年に米国のNASAが主導で打ち上げたMMS (Magnetospheric Multiscale) 衛星の観測データを用いた地球磁気圏領域における磁気リコネクションの研究や、電磁流体力学・運動論的モデルなどの大規模数値シミュレーションを用いた研究が勢力的に行われています.
図:「ひので」衛星によって観測された2006年12月13日の太陽フレア.磁気リコネクションに伴う磁気エネルギー解放によってプラズマが加熱・加速され、激しい増光として観測される.
非線形波動と乱流
宇宙で起こる活動現象は一般に非常に激しいため、大きな振幅を持ったコヒーレントな波動を伴いますが、このような大振幅波動は非線形性が強いがために非常に複雑な振る舞いをします.非線形波動はプラズマの加熱・加速や高エネルギー粒子の加速にも重要な役割を果たすと考えられており、宇宙物理学においても重要です.
例えば、温度が数千度程度の太陽光球より上空に存在する太陽コロナは数百万度もの温度を持ちますが、この熱力学的に不自然な温度構造を形成する要因の一つとして、非線形な電磁流体波の散逸による加熱が考えられています.同様に、太陽風を超音速に加速するメカニズムとしても波動が重要な役割を担います.この問題に対して、数値シミュレーションや、「ひので」衛星等の観測データを用いた研究が展開されています.
また、地球の双極子磁場に捕捉された相対論的電子(放射線帯電子)はホイッスラー波と呼ばれる非線形波動によって加速されていると考えられています.2016年に打ち上げられた「あらせ」衛星(「ERG」衛星)の観測データ解析や数値モデリングを用いた研究も精力的に進められています.
宇宙物理学においては乱流も非常に重要な課題です.宇宙空間プラズマでは粘性や電気抵抗などが非常に小さいため、一般に乱流状態になっていると考えられており、惑星間空間や地球磁気圏における人工衛星観測では乱流が実際に直接観測されています.乱流は単に乱れた状態にあるだけでなく、物質・運動量・エネルギーの輸送に本質的に重要になります.例えば、太陽風プラズマは乱流輸送によって効率的に地球磁気圏内に侵入し、その運動量を磁気圏に伝えると考えられています.また、原始惑星系円盤やブラックホール周りに形成される降着円盤では乱流による角運動量の輸送が必要になります.このような乱流や、それに伴う輸送現象の研究も、理論・観測の両面から研究が行われています.
図:「あらせ」衛星による地球磁気圏観測の概念図.相対論的電子が捕捉された放射線帯領域で、高エネルギー粒子や非線形プラズマ波動などの直接探査を行う.
磁場の起源
惑星間空間でのさまざまなプラズマ擾乱現象は、その多くが太陽の磁場をエネルギー源としています。太陽をX線望遠鏡で観測したときにみられるループ状の構造は、太陽コロナ中での磁場を表しており、特に磁場が強い領域ではその根元には黒点があります。
これらの磁場は、ダイナモとよばれる物理過程で維持されていると考えられています。ダイナモの舞台は、太陽内部の対流層で、そこでは自転が一様ではなく(差動自転)、しかも熱対流によって乱流状態にあると考えられています。この差動自転や熱対流などのプラズマ運動のエネルギーを磁場に転換する過程こそがダイナモなのです。
太陽内部で起きているため、ダイナモ過程が起きているようすを直接観測することはできません。数値シミュレーションがおもな研究手段になりますが、乱流による小さな時空間スケール物理過程と、星規模のそれとを同時に解く必要があるため非常に大規模な計算を必要とします。平均場近似や、局所乱流を併用しながら研究を進めています。
またダイナモ過程は、天体一般にひろく見られる現象です。地球ダイナモはその代表例で、外核における液体鉄で、地磁気が生成されていると考えられています。また、原始星ガス円盤・X線連星・活動銀河核に存在する降着円盤では、ガスのケプラー差動回転のエネルギーを磁場へと転換し乱流を生成、ガス降着を駆動する磁気回転不安定が、非常に重要な研究課題となっています。